10歳の転校で、息子が初めて見せた「静かな涙」

10歳の転校での涙

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「一人でランチを食べた」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がぎゅっと縮まり、息が一瞬止まりました。

Year6(10歳)で転校したばかりの息子が、学校初日に帰宅して、ぽつりとそう言いました。
「誰とも話さなかった。友達、できなかった」

そう言って床に寝そべったまま、声も出さず、ただ動かなくなりました。
私が顔を覗き込んだとき、そこではじめて、涙が静かに流れていることに気づきました。

正直、私は言葉を失いました。
何か声をかけた方がいいのに、何も浮かばなかった。

そして次の日も、「今日も一人だった」と聞いて、さらに心がざわつきました。

「なにがあったの?」
「思っていたより環境の変化が大きかったのかな?」
「この選択でよかったのかな?」

頭の中で、不安が一気にあふれ出しました。

でも、今回の出来事がここまで私の心を揺らしたのには、理由があります。

息子は、生まれてからずっと海外で育ってきました。
生まれてから4歳までは、ほぼマレーシア。
4歳から10歳まではタイ。
そして10歳半で、再びマレーシアへ戻ってきました。

ずっとインターナショナルスクールに通い、転校も何度も経験しています。
環境が変わることは、私たちの生活の中では「特別なこと」ではなく、むしろ当たり前の出来事でした。

そのたびに、息子は驚くほど自然に新しい環境に馴染んできました。
最初は少し緊張していても、気づけば友達ができ、居場所ができ、笑顔が増えていく。
「学校に行きたくない」と言ったことは一度もありませんでした。

英語も問題ありません。
勉強についていけないわけでもありません。
むしろ前のスクールでは生徒会メンバーに入るなど、私が産んだとは思えないくらい真面目で、責任感の強い性格です。

だから私は、今回も心のどこかで思っていました。

「息子なら、きっとすぐ友達ができる」
「今までもそうだったから、今回もすぐに慣れる」
「なんだかんだ、初日から笑顔で帰ってくるだろう」

完全に油断していました。
だからこそ、今回の涙は予想外でした。

「一人でランチを食べた」
それ自体がショックだったのではありません。「息子が“孤独”を感じている」という事実が、胸に突き刺さったのです。

タイやマレーシアのインターナショナルスクールでは、宗教的な背景もあり、ランチやブレイクタイムのスナックは、食堂でビュッフェ形式をとっている学校が多い印象です。

それぞれが自分の好きな席や空いている席に座って食べるスタイルが、一般的になっています。

誰かと一緒に座ることもあれば、一人で食べることもある。

それは今までも普通に経験してきたことで、息子も「一人で食べること」自体には慣れていたはずです。

ただ、今回のスクールは、これまでとは環境が大きく違いました。
今回は、長期的に通うことを見据えて、これまでよりも規模の大きなスクールを選んだのです。

もちろん、親として出せる予算の中で、いくつかの選択肢は用意しました。その上で、学校を選び、試験を受け、最終的に決めたのは息子自身です。

「自分で選んだ場所だから、きっと頑張れる」
「今までのように、きっと大丈夫」

私はどこかで、そう思い込んでいたのだと思います。

何も起きていないのに。
まだ始まったばかりなのに。
私はすぐに、最悪の可能性を考えてしまったのです。

それだけ、「息子が孤独を感じている」という状況が、私にとって大きな衝撃だったのだと思います。

今までずっと、
「友達に恵まれていて」
「どこに行っても自然に馴染んで」
「どんな環境でも楽しめる子」
そんな姿を、当たり前のように見てきました。

でも冷静に考えると、息子はただ「どう入っていけばいいのかわからなかった」だけなのだと思います。

それは弱さではなく、むしろ周りをよく見て、空気を感じ取りながら行動しようとした喜ばしい成長の証だと思います。

ただ、親としての私は、その“自然なプロセス”を頭では理解していても、心が追いつきませんでした。

「今までできていたのに」
「どうして今回は……?」

そんな思いが、何度も浮かびました。

私は、息子を信じていなかったわけではないけど、“うまくいく姿しか見たくなかった”。
それ以外の姿を受け止める準備が、できていなかったのだと思います。

スムーズに友達ができて、
楽しそうに学校に行って、
安心して見守れる状態。

それが当たり前で、
それ以外の姿を見る覚悟が、
どこか足りなかったのかもしれません。

今回のような“孤独”の経験は、私自身も子どもの頃に何度も通ってきたはずです。
クラスに入れなかった日、
居場所がわからなかった瞬間、
一人で過ごした時間。

少しずつ慣れて、
少しずつ関係を作って、
少しずつ居場所を見つけてきたはずなのに。

大人になった今でも、
「初めての環境」に対する不安は、何度も経験しています。
それなのに、いざ自分の子どもになると、私はその「過程」をすっかり忘れ、結果ばかりを見てしまっていました。

友達はできたか。
一人じゃないか。
笑っているか。

でも本当は、今いちばん大切なのは、

「ここにいてもいい」
「うまくいかなくても大丈夫」

そう思える心の土台なのだと思います。

息子が泣いたのは、
誰かに傷つけられたからではなく、
“つながりたい気持ちがあるから”。

それは、とてもまっすぐで、健全な感情です。

そして、帰ってきて泣いたということは、家が「安心して感情を出せる場所」だと思ってくれているということ。
そう考えるようにしただけで、私の中のモヤモヤは少し軽くなりました。

とはいえども、わたしは今、正直不安です。
これからどうなるのかは分かりません。
すぐに友達ができるかもしれないし、少し時間がかかるかもしれません。

でも今は、何も決めつけたくありません。

「大丈夫」とも言い切らない。
「問題だ」とも決めない。

ただ、息子が今、ひとつの通過点に立っていること。
そして私自身も、“親としての在り方”を問い直す場所に立っていること。

それだけは、はっきりしています。

ずっと順調だったからこそ、今回の出来事は、私にとっても大きな揺さぶりでした。

でもこの揺れの中で、
「強さとは何か」
「安心とは何か」
「見守るとはどういうことか」
そんなことを、もう一度考えさせられています。

今はまだ、答えは出ていません。
安心しきれているわけでもありません。

ただ、今日も息子は学校に行きました。
それだけで、十分すごいと思います。

これからどうなるのか。
友達はできるのか。
息子はどんな表情を見せてくれるのか。

その過程を、
焦らず、決めつけず、
ひとつひとつ受け取っていきたい。

これは、
「うまくいっている話」ではなく、
「今まさに進行中の話」。

だからこそ、

「一人ランチ」は、失敗ではなく、スタート地点なのかもしれません。

息子も私も、ちょうど今、新しい場所で呼吸を整えているところです。

この先、どんな変化が起きるのか。
どんな表情を見せてくれるのか。

それを、
焦らず、比べず、
静かに見守っていきたいと思っています。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

この記事を書いた人

Yoh (よう)
マレーシアとタイを拠点に活動。Sunlishのディレクションをはじめ、タイのマッサージスクールでのコース開発や教材制作、運営にも携わっています。また、インナージェル『Ister』の日本・マレーシアでの独占販売権も保有。2拠点生活を送りながら、自分の感覚を大切にした暮らしと、身体と心を本質的に整えるセルフケアを大切にし、日常の小さな気づきや学びから心地よく生きるためのヒントを綴っています。

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